あなた本意の家づくり

釧路の設計事務所、一級建築士事務所 設計処櫻のブログ

釧路の家づくり「なんか分んないけどモヤモヤする」と感じた時にはぜひご相談ください 。 女性建築士があなた本意の家づくりをお手伝いします。

6年…あらためて合掌

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2011年3月11日から丸6年経ちました。

進んでいるような…進んでいないような…
メディアでもあまり目にしなくなってしまった東日本大震災

そういうワタシも、気にはかけていますけれど
実際には、日々の生活に追われ関心が薄れていっている事実に
ホント申し訳ない気持ちでいっぱいです。


2012年5月に石巻~松島にお邪魔した時の記事です。

茶色い被災地を目にしてのショックは大きく…
被害の少なかった内陸との違いに驚きました。

この時にとっても美味しい海賊サラダを作ってくれた
クルーザーのマスターが亡くなって、もう食べられなくなり…


被災されてる最中、大活躍したボランティアのリーダーは
思いもよらなかった罪に問われて裁判中。


そう思うと、あぁ6年の歳月が過ぎたんだなぁ…と感じます。


あれから、釧路でも防災を広める事業が多くなりました。
津波についてのシミュレーションがなされ
各地域のハザードマップも作成され
それに基づく、津波防災DIG(紙上避難訓練)や
防災HUG(紙上避難所運営ゲーム)が行われています。
北海道では独自に作成した「DO!ハグ」を用いて
高校生や町内会などでもワークショップが行われています。


きっと、日本各地でそれなりに、こういった防災事業が
行われているのだとは思うのですけれど…

その後、起こっている災害を見ていると
あの時の「まず逃げる」という教訓が
生かされていないことが気になります。


先日、女子学生の相談投稿を目にしました。

東日本大震災で、大津波が押し寄せてくる中
その女の子は、祖母と一緒に走って逃げたそうです。
途中まで逃げた時に、お祖母さんは
「もう走れないから、1人で逃げなさい」
と言ったそうです。
女の子がお祖母さんをおぶろうとしても
怒ったように「早く行きなさい」と言ったそうです。

女の子はお祖母さんを置いて逃げました。
そして数日後、お祖母さんはご遺体となって見つかったのだとか。

彼女の自慢のお祖母さんの最期は
安置所となった体育館に魚のように並べられていたと
その文章には書かれてありました。

そして、ひとり助かったことへの罪悪感。
お祖母さんを自分が殺したという思いが彼女を苦しめます。
これを一生背負って生きていかなければならないのか…
助けてください。と文章は締めくくられていました。


実際、防災DIG(紙上避難訓練)をお手伝いした時に
「動けない親族がいるから、自分もそこに残る」
という方も少なくはなかったのが現実です。

でも、きっと「一緒に死んでほしい」なんて誰も思っていない。
と、私は思うのです。

相談投稿でのお祖母さんも、孫に生きて欲しいから…
助かって欲しいから、ひとりで行かせたのでしょう。


災害時には、まず逃げる。
ましてや避難勧告が出た際には、とり急ぎ逃げる。
そして、そういう行動をとれるように
日々の暮らしの中で防災のシミュレーションをしておく。

家族との連絡手段や集合場所を決めておくのもひとつです。
防災グッズ+大事なものを持ちだせるように用意するのもひとつ。

皆が防災&減災に努めるようにすることが
震災で犠牲になった方々への供養になるのではないでしょうか。

あらためて、犠牲になられた方々のご冥福をお祈りいたします。
合掌。

…と、記事を書きながら、反省しきりの私^^;
まずは自分の防災グッズを見直さなきゃです。

今年は5年ぶりに、宮城県へお邪魔しようかなぁ~と計画中。
あの茶色かった風景が、どのようになっているのか。
前回食べられなかった牛タンを食べられるのか?!
まだまだ先の話ですけれど~またその時に記事にしますね。



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